去る2010年3月21日、本学客員教授であります映画美術監督、
また世界最高齢の新人映画監督としてもその名を馳せた
木村威夫先生が永眠されました。
ここにご冥福をお祈りすると共に、謹んで哀悼の意を表します。
(京都造形芸術大学 映画学科)
追悼 映画美術監督・木村威夫さん
あらゆる映画文法を打ち破る林海象(映画監督/京都造形芸術大学映画学科教授)
産経ニュース 2010年3月30日
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/100330/tnr1003300805006-n1.htm
3月21日午前5時46分、偉大な美術監督であり、世界最高齢の新人映画監督であった木村威夫(たけお)先生が突然、神に召された。享年91。私は27歳の時から木村先生の恩情に与(あずか)り、木村先生は私のような若輩映画監督の映画美術を長きにわたって引き受けてくださった。だから木村先生の遺作となってしまった監督作品「黄金花−秘すれば花、死すれば蝶(ちょう)−」のプロデューサーをお引き受けしたのは、先生へのせめてもの恩返しのつもりだった。
その現場での先生の創作意欲は90歳とは思えないほどのエネルギーを秘めていた。普通の老年は昔のことを思いだして暮らすのが常だが、木村先生の場合は回顧に甘んじる暇もないほど、現在この時点に生き続け、常に新たな創作に驀進(ばくしん)していく。そのエネルギーは旺盛というにはあまりにも尋常ではなく、いったい何を食い続ければあんなにエネルギーが生まれるのか、どのような夢を持てばあんなに無邪気な少年のままでいられるのかと、私たちを驚愕(きょうがく)させた。
本当に木村威夫という万年青年は老いることを知らない怪物であった。私が所属する京都造形芸術大学の映画学科に木村先生をお迎えした時に、京都・北白川にあるそのキャンパスに足を踏み入れた途端、木村先生はこう言った。「林君。この場所は素晴らしい。この北白川という場所で一緒に新しい芸術運動を始めよう。その運動の名は、北白川映画芸術運動、略して北白川派だ」と…。
それから数年がたち、その北白川派映画第1弾として製作されたのが遺作「黄金花」であった。この映画は、カメラや照明、録音などそれぞれの分野の技師は全員プロであるが、それ以下は三十数人におよぶ学生スタッフで製作された。映画は訓練されたプロたちが集まっても製作は困難を極めるが、ほとんどが素人の、それも19歳の学生たちだ。しかし、そんなことに脅(おび)える木村先生ではなかった。あらゆる映画文法をこの映画で打ち破ると宣言し、自分の真の理解者は若者であるという信念のもと、この90歳の監督と19歳の映画活動家たちは、71歳の年齢を超越した新学派を立ち上げ、絶妙なコンビネーションでその創作現場を進めた。当初、この映画はとても小さい映画を目指していたが、木村先生が俳優陣に声をかけ始めると、瞬く間に錚々(そうそう)たる有名俳優陣が集結した。
本来ならそのような小さな映画に、原田芳雄さん、松坂慶子さん、長門裕之さん、川津祐介さん、松原智恵子さん、野呂圭介さんなど超有名俳優諸氏が集まってはいけない。これでは映画黄金期のお正月映画のキャスティングではないか。そんなことが超低予算で行われれば、それはその映画の破滅以外にはない、と私はかなり焦ったが、それらビッグなキャストの面々は木村先生への感謝の気持ちで集結してくださっていた。「これは予算的に大変なことになりますよ」と私は言ったが、木村先生は「そうかね」とうれしそうに笑っているだけだった。ああ、この人は本当に怪物だと思ったが、その無邪気な木村さんの笑顔には勝てなかった。
とにかく金はないがキャストは超豪華という矛盾した映画製作の方法で映画「黄金花」はスタートした。つまりこの映画は木村先生が宣言したように、最初から映画文法を無視した作り方で始まり、映画文法を完全に超越したやり方で現場を進めた。私たち“自称プロ”には現場中わからない部分がたくさんあったが、19歳の学生たちにはそれらを矛盾なく理解できたのが驚きだった。
つまり、木村威夫の感覚はいまだ10代であるということの証明であった。この90歳にして新人監督の映画は、ドラマツルギーではなく感性でつかみ取る、映画を超越した映画になった。この映画には目に見えないものが写っていた。そして木村先生も目には見えない世界に行ってしまわれた。今でも「林さん、きっといいことがありますよ」と笑っていた、あの木村先生の笑顔が忘れられない。26日に密葬があり、私はそこで声をあげて泣いた。木村先生はもう笑わない。木村先生、さようなら。
- – - – - -林海象
はやし・かいぞう 昭和61年の監督デビュー作「夢みるように眠りたい」で美術監督に木村氏を起用。以後、「二十世紀少年読本」「我が人生最悪の時」などでコンビを組む。





